2011年5月31日火曜日

広島クリームパン

何度食べても飽きが来ない、そして2個目も食べられるエッセンス、リキュール類、保存料などを一切使用せず、素材の味に徹底的にこだわっている「くりーむパン」!

7月末ま横浜駅西口で販売しているようです、やわらかくてお菓子のようなクリームパンですした!



口どけも鮮やかでシンプルですがいい仕事ですねえ・・・って お土産にもいいかと思います!

雲助団子

『雲助(くもすけ)』とは、江戸時代に、峠を越える旅人や荷物を運んだ駕篭屋の事。彼らが旅の途中に食べたと言われているだんご、雲助たちが愛した団子の味、それが『雲助だんご』です。. どこか懐かしい白玉団子は、新潟県産コシヒカリを炊き上げ、その場で搗き、餅本来のコシを最大限に生かしたもの。北海道産小豆のアンをたっぷり使用した風味豊かな味わいを堪能できます。

今日夕方帰宅するといつもお世話になっている床屋さんから電話を頂きました。 地元の方で転勤して以来この床屋さんでお世話になっているのです!。

以前は近くだったのですが、私が引っ越したので少しばかり遠くになってしまいました。
近くでおいでになるというのでお待ちしていたら本当に近くまで来ていただきまして・・・

今日箱根に行ったんだそうで以前教えていただいた「雲助団子」をお土産に頂きました!!!!
わざわざ持ってきてくれたのです・・・ホカにもたくさんの御みやげを頂きました!
ありがとうございました!。

本当に素朴なんです、でも手をかけたものは満足いく一品でした! 箱根においでの際はぜひお召し上がりください。

私はここに来て以来湘南に住んでいてもどこか旅行者のような感じがしていたんです。
今日はなんだか受け入れてもらったような気がしています。 どこにいても住めば都と言いますが
うれしかったです! おじさんごちそうさまでした お母さんもいつまでもお元気で! 

また散髪お願いします!

2011年5月7日土曜日

love you & I need you ふくしま

猪苗代湖ズ

松田晋二(THE BACK HORN 福島県東白川郡塙町)
山口隆(サンボマスター 福島県会津若松市)
渡辺俊美(TOKYO No.1 SOUL SET 福島県双葉郡富岡町)
箭内道彦(風とロック 福島県郡山市)
福島県で生まれ育ち、今は東京や横浜で暮らすミュージシャンとクリエイターの福島県人バンド。
箭内道彦が実行委員長を務めた、『風とロック芋煮会』(2010年9月 福島県・裏磐梯高原にて開催)を機に結成された。





久しぶりの映画

最近なかなか映画館へ行けないでいたもんで、連続2日の映画鑑賞してきました。

初日・・ロングランだったSP革命編を見てきました!



官房長官を狙ったテロ事件から2ヶ月―。

井上薫(岡田准一) 、笹本絵里(真木よう子)、山本隆文(松尾諭)、石田光男(神尾佑)ら警視庁警護課第四係のメンバーたちは、テロリストとの死闘による怪我も回復し、要人警護の通常任務をこなしていた。だが、尾形総一郎(堤真一)の思惑を確実に感じ取っている井上のシンクロの症状は悪化の一途を辿っている。そんな中、いつものように任務に就く第四係の面々。この日、尾形の人生をかけた計画が実行に移されようとは知る由もなかった……。

一方、尾形の実家を訪ね、衝撃の事実を突き止めた直後に何者かに襲われた公安部員・田中(野間口徹)は、瀕死の重傷を負いつつも、病院を抜けだし、上司に緊急のメッセージを伝える。「尾形は身分詐称をして入庁しています。本物の尾形総一郎は別にいます!」

尾形の「野望」が実現する舞台。それは麻田内閣不信任案の採決が行われる国会議事堂だった。井上らSPに警護された国会議員が、次々と衆議院棟・本会議場内へ。閣僚たち、そして麻田首相もひな壇に現れ各大臣席に着いていく。尾形と野望を共有してきた与党幹事長・伊達國男(香川照之)は、麻田を睨みつけ、「すぐにそこから引きずりおろしてやるからな」とつぶやく……。

麻田内閣の行方をマスコミが注視する中、いよいよ本会議がスタート。同時に、尾形が命をかけて挑む、計画の火蓋が切られる。国会議事堂を占拠し、一斉に活動を開始するテロリスト。そして尾形と行動を共にする意外な人物たち……。誰が敵で、誰が味方なのか。騒然とする国会内の様子が一部始終、日本全国に生中継され全国民が見守るという異常事態。初めて明かされる、尾形の決意と行動の真の意味とは?その時井上は、何を考え、何を願うのか? SPサイトから

キャストも面白いっていうか個性ありありで笑ってしまうシーンもあったりで・・・
岡田君は格闘シーンにまたまた切れとスピードが出ていますね!  すごいです!!



二日目 「岳」



原作は石塚真一、小学館ビッグコミックオリジナルで今も連載中ですが本作では11巻までの前半のエピソードを交えオリジナル作品になります。あらすじは日本アルプスを舞台に小栗駿扮する山岳救助ボランティアと山岳救助隊の隊長(佐々木蔵の助)に指導され頭角を現す女性隊員(長澤まさみ)と仲間との山岳救助を中心に描かれるヒューマンドラマです。

岳は以前からファンの多い漫画だったので映画化には賛否両論あったようですがストーリーがしっかりしてるのでいい映画に仕上がってるのではないでしょうか?

どんなに体力使ったのかっていう感じですね、その分迫力はありました!!見た後もさっぱりするいい後味の映画でした!

2011年4月19日火曜日

イセッタ

小さくてかわいいでしょう? イセッタ・・・




イタリア、ミラノ近郊で戦前、冷蔵庫、ラジエーター、ウォーターヒーターを生産していたイソ社(ISO SpA)は第二次世界大戦後まもなくスクーター、400ccまでのバイク、小さな3輪バンやトラックの開発を始めました。そして革新的なエンジニア・Mr.Pretiはスクーターエンジンを形を整えた冷蔵庫につなげ、窓や座席などを取り付けた2人乗用の小さな車を提案しました。このコンセプトを元にイソ社は1953年Turinモーターショーに「Isetta」(小さなイソ)を発表しました。その後、またたく間にこの小さな車は市民のタウンカーとしてヨーロッパ内でブーム的な人気を誇るようになりました。
イソ社は1958年まで生産を続けたがイタリア国内においてはあまり著しい成功はしませんでした。そしてライセンス契約をドイツBMW・フランスVELAM・スペイン・ベルギー、ブラジルなどと結び、各社独自に改良を重ね、最終的にはドイツBMW社がイセッタ生産のメインとなりました。BMWは1955年4月、「イセッタ250」を発売。後ろに2本のタイヤが並んだ4輪タイプとイギリス用3輪タイプ(ブライトンイセッタ)はその年の終わりまでには約1万台以上を販売し経営難であったBMWはイセッタの大ヒットにより立て直されました。BMWのイセッタ生産の成功は元々の2ストロークエンジン・236ccから彼らのモーターバイク・R25、4ストローク・シングルシリンダーエンジンへの変更により加速力や耐久性が増した事、各部品の品質基準が他社よりも圧倒的に高かった事。実際、現存するイセッタはBMW版が多い理由には単に生産台数が他社よりも多かったというよりは高品質によるものと言われてます。イセッタはミュンヘンのBMW工場にて1955-1962年までの8間に約16万1721台が生産されその内約2万9000台あまりがイギリスで生産されました。アメリカへも約8500台が輸出されそのほとんどは300ccエンジンで主に250ccはヨーロッパ内で販売されていました。初期型の1955年~57年モデルはバブルウィンドウボディスタイルと言われ前方の小さな窓が少しだけ開閉するタイプで、57年以降モデルからはスライディングウィンドウタイプとなっており窓が以前よりも大きく横にスライディングする事により換気性は向上し、オリジナルのイソ社製のデザイン性重視より実重視のドイツスタイルに変更になったのでした。
イセッタは皆に愛されるパーフェクトデザインな小型バブルカー、1ドア、1シリンダーエンジン、1スパークプラグ、1又2本のワイパー、スライディングウィンドウ、サンルーフ、ヒーター、20-30/Lでとてもシンプルな構造で走る究極な2人乗りエコカーだったのです。

マイネーム・イズ・ハーン

アメリカ在住のイスラム教徒、ハーンはアスペルガー症候群を患っていたが、ある日ヒンドゥー教徒のマンディラと出会い恋に落ちる。結婚して幸せに暮らす二人だったが、9.11事件を機に全てが一変する。マンディラの連れ子サミールは、母親の再婚でイスラム教徒の名前に変わったことからイジメを受け、命を落としてしまう……。絶望した彼女は結婚したことを悔やみハーンを責めた。愛を失い、困惑したハーンは“ある決意”からアメリカ横断の旅に出る──。



映画の中で「私の名前はカーンです。テロリストではありません」
と主張し、大統領にもそのメッセージを伝えようとする。この暗号のようなメッセージは、イスラーム教徒=テロリストという先入観を打破する呪文にもなり、この出来事が南アジア人コミュニティーの心を刺激し、個人のアイデンティティーを隠して生きる必要はない、宗教で人を差別することは無意味であると考え直す人々を生んだ。映画の中では、迫害を恐れてヒジャーブを脱いでいた女性等は再びヒジャーブをかぶり始め、今までイスラーム教徒を無条件で敬遠していた人は進んでリズワーンを助け始める。この世には善と悪しかない。宗教、人の外見だけでは区別出来ない。この事を皆さんに1番伝えたいのだと思います。

2011年4月18日月曜日

元気が出る言葉

「泣いても一生、笑うても一生、ならば今生、泣くまいぞ」

何ともいい言葉だなあって思いませんか!
 
昔から言い伝えられてきた名言・名句に「一日の命万金よりも重し」や「明日のことまで思い悩な。明日のことは明日自らが思い悩む」とか!!

今日一日をいかに大切に生きるかを教えてくれていますが日本でも昔から「一日一生」と言う言葉で言い伝えられて来ました。

「一日一生」と言う言葉は今日一日が自分の一生の最後の日だと思って精一杯生きよ!という意味ですが、長く思える一生もよくよく考えてみると一日一日の積み重ねであり、それとて永遠に続くものではありません。何歳まで生きられるか、人の寿命は誰にも分からないのですからね!。
明日という日が、全ての人に必ずやって来るとは限りません。まさかの大震災・・・とすれば、いつの日か今日一日が自分の最後の日となることもまんざらなくもないかなって。その最後の日が私達一人一人に知らされていない以上、今日のこの日が自分の一生の最後の日だと思って生きる生き方もあながち間違っているとも言えませんよね。

最近多忙を極めては愚痴っぽくなっていたことを反省して(そんなに一生懸命になるわけではないけど)切り替えをきちんとできるようになりたいなあ。

今年の桜

 勤務先のそばの桜がとても綺麗でした!このような世の中ですが、やはり綺麗ですね!